あの頃の話

今、テレビをつければいじめの話を目にする。
ネットでもいろんな著名人が「いじめている君へ」「いじめを見過ごしている君へ」みたいな
メッセージを発信している。

中学の時、いじめられていた。
思春期の特有のあれで、自分のまわりのはバカばっかりだとか思っていたし、
たぶん、こうした思いは行動にも出ていた。
そういう人間の存在には周囲も思春期特有のあれで敏感だ。

無視とか悪口とかの精神的な締め付けに遭った。
でも、身体的なダメージは免れた。

友人がひとりいた。
ある日の下校時、先に帰ったはずのその子が
なぜか通学路をみんなとは逆に走ってきた。
そしてわたしの姿を見かけるやいなや
「明日、学校に来ない方がいい」と泣きながら訴えてきた。
聞くと、その子のそばを歩いていた、同学年の男子の主力グループが
「明日、あいつをリンチする」とわたしの名前を挙げたらしい。

あー。こわいー。こわいこわいこわいこわい。
明日休もうかな。でもおかんにどういったらいいんだ。
いじめられていることすら言ってないし。
男5人にリンチされるのか。痛いよなあ。
それにしても男5人で女1人をねえ。
バカじゃねーのかあいつら。
勝てんやろなあ。

いやまて。

5人だったら勝てんが相手が1人だったら勝てる可能性があるんじゃないか?

「夜、あいつんち行ってくるわ。一対一ならなんとかなるかも」
とリーダー格の子の名前を出した。
友人はあわてた。わたしを止めに止めに止めた。
それでも行くと言い張るわたしに「じゃあ、わたしもついて行く」と言ってくれた。

そして夜、友人と待ち合わせ、その男子生徒の家に行った。
玄関のチャイムを鳴らすとお姉さんが出てきたので本人を呼んでもらった。

完全に怒った状態でそいつが出てきた。
「なんの用じゃ」
うう。こええ。でもここで帰るのもマヌケだしねえ。
とりあえず、この人武器らしき物は持ってないし。いけるか。
それから、場所を変えさせてはいかん。ここで決着をつける。
自分の家の前で下手なことできんやろ。

「なんか、わたしのことリンチするとか聞いたんだけど。
それ、やめて欲しいなと思って言いに来た」
「お前あほか。だいたい生意気なんじゃ」
「同学年の人に生意気とか言われたくないわ」

途中で殴られそうになったことも覚えている。
「こっちこい。殴ってやる」と言われ「なんで殴られんといかんのかわからんわバーカ」
というやりとりも確かあった。
でも覚えているのはこれくらい。
あとは興奮が極限に達したせいか、記憶がない。

「もうやめて!」と友人が泣き出し、そこではっと気がついた。
男子生徒は悪態をつきながら家に入っていった。

勝ったのか負けたのかわからんなあ。
でもとりあえず、今日は終わった。無傷だし。
明日からどうなるかな。でもとりあえず終わった。
…こわかった。

涙があふれてきて、友人と声を上げて泣いた。
そしてひとしきり泣いた後、涙が乾いてから、
なんにもなかったような顔をして家に帰った。

次の日も、その次の日も、リンチはなかった。
「あいつら口だけかあ」と思っていたら他の人がやられたらしく、
それを聞いて、学校の廊下で腰を抜かした。

あの友人がいなかったら。
あの時リンチに遭っていたら。
あの「一対一なら勝てるかも」というどうしようもなくバカな発想がなかったら。

わたしは今どうなっていたんだろう。

あのことがあってから20年くらいたって、
おかんに「こういうことがあったよ」とやっと言えた。
おかんは心の底から怒り、泣いた。
ああ。あの時、話せばよかったかな、とちょっと後悔した。

今も思い出すと、手先は冷たくなり、動悸も激しくなる。

ついでにいえば、あの男子生徒のことをわたしはすごくすごく好きだった。

あの頃の自分も悪い。
同級生たちを見下していたんだから。イヤな奴に違いない。

だからなんなのか、ってことだが。

答えなんて簡単には出ないよ。